2009年6月16日

三沢光晴

ここ数日、各メディアで大々的に報道されているけれど、先日プロレスラーの『三沢光晴』氏が試合中の事故で亡くなったそうだね。本当に、残念そしか言いようがないよ...。


三沢光晴とは、1962年生まれのプロレスラー。中学生の頃からプロレスラーを志していて、レスリング名門の足利高校に入学し、国体優勝までしたのだとか。

そんなエピソードからもわかるように、三沢氏には天性の運動神経があったようで、高校を卒業した81年全日本プロレスに入団し、半年も経たずにデビューしたんだよ。

そして間もなく海外へ遠征し、「2代目タイガーマスク」となって帰国。人気を集めるものの、マスクマンでは限界があると、再び三沢光晴として試合をはじめるんだ。

相手のいいところをすべて出しきって勝つという王道スタイルで、ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田といった伝説のレスラー、小橋や川田といった同期のレスラーと数々の名勝負を残すんだよね。

しかし、99年に馬場氏の死去、鶴田氏の引退で全日本プロレスは混乱。オーナーとの対立などから三沢氏は2000年に「プロレスリングノア」を旗揚げし、独立を果たすんだ。

それまでタブーとされていた他団体との交流を行うなど、社長業のかたわらトップ選手としてリングに立ち続けたんだよ。

しかし、長年の闘いで体は満身創痍。また、経営者としての精神負担などが今回の事故につながったとも言われているね。

最後の最後までリングに立ち続けた彼の仕事人魂を、僕も見習わないといけない気がするよ。

いちファンとして、故人のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

詳しくはコチラ→[三沢光晴の闘志(全日本プロレス時代)ご冥福をお祈りします。:Youtube]

2009年4月14日

マスターズ

昨日終了したゴルフの『マスターズ』だけれど、日本人の片山晋呉選手が4位に入賞したよね。僕はどうもゴルフにうとくてわからないのだけれど、それっとどれくらいすごいことなのかな?


マスターズとは、マスターズゴルフトーナメントの略で、ゴルフの世界4大メジャートーナメントのひとつと言われているよ。

アメリカのジョージア州、オーガスタナショナルゴルフクラブで、毎年4月の第1週目の週末に開催されるんだって。

出場選手は、前年度の世界ツアーで賞金ランキング上位であること、メジャータイトル優勝者など、出場資格が厳しいことから名手(マスター)の集まる「ゴルフの祭典」とされているんだ。

コースもかなり難易度が高く、「オーガスタのグリーンには"魔女"がすむ」なんて言われているんだって。

優勝賞金は大会開催中の入場料収入によって変わるらしいのだけれど、それよりも賞金とともにもらえる「グリーン・ジャケット」を着るのが何よりの名誉とされているよ。

今年は石川遼選手が招待されて注目されていたけれど、これまでに史上2番目の年少記録らしいんだ。

片山晋呉選手も4位(日本人最高位)と大健闘だったけれど、優勝したのはアルゼンチンのアンヘル・カブレラという選手で、南米選手初の快挙らしいね。

石川選手も予選突破はならなかったけれど、最近は本当に若いスポーツ選手が活躍しているよね。移り変わりの激しいスポーツ界、これからも楽しみだよ。

詳しくはコチラ→[ゴルフ・カブレラに優勝ジャケット:Yahoo!ニュース]

2009年3月10日

上村愛子

先日、フリースタイルスキーの世界選手権である猪苗代大会が閉幕したところだけど、『上村愛子』選手がモーグル競技で2つも金メダルを獲得したらしいね。


上村愛子(うえむら あいこ)とは、1979年12月9日生まれのモーグル競技選手のこと。2007年-2008年シーズンには日本人初のFISワールドカップ年間総合女王に輝いたモーグル競技選手のこと。

もともとはスキーをやっていたようなのだけれど、中学生のときに行った海外旅行先のカナダで観戦したモーグル競技の大会で、ロシアの選手の滑りに感動をして、スキーからモーグルに転向したそうだよ。

高校進学後には全日本選手権で3位に入賞したことから、全日本スキー連盟のナショナルメンバーに抜擢され、翌年のワールドカップ最終戦マイリンゲン大会に出場。当時高校1年生で3位に入賞し、一躍脚光をあびたんだ。

それからは世界で転戦をし、06年のトリノオリンピックでは空中で身体を水平垂直両方向に回転させる「コークスクリュー」という難度の高いエアー技を披露したのだけれど、それでも3位以内の入賞だったそうだよ。

その後、怪我や、自信がこだわる採点配分の低いエアー技を抑えるなどに苦しみながらも練習を重ね、2007年-2008年シーズンにはFISワールドカップ年間総合優勝を掴んだんだ。これは、日本人初の快挙だったんだって。

今回の世界選手権では、モーグル、デュアルモーグルの2冠の快挙を成し遂げたんだよ。自身初の世界選手権優勝だそうだけれど、近づくトリノオリンピックに向けて期待が高まるね。

詳しくはコチラ→[http://happy.woman.excite.co.jp/team-aiko/]

2009年1月15日

3オン3

この前女の子に教えてもらったのだけれど、最近「3オン3」という6人でプレーするバスケットが流行っているんだってね。なにやら、クラブへ行くノリで見られるバスケだと聞いたけれど...。


3オン3とは、アメリカのストリートバスケットから生まれた3対3で行われるバスケットのこと。試合では主にハーフコートを使用するのだけれど、コートが狭い分、選手たちの個人技がより重視されるんだよね。

例えば、複雑なトリックを使ったドリブルやパス、通常のバスケではあまり見られないダンクの連発など、見ていて気持ちのいい「魅せるバスケ」が3オン3なんだ。

欧米にはプロリーグがいくつもあるのだけれど、05年からは日本にも「レジェンド」というプロリーグが結成されたんだよ。

レジェンドの試合は、体育館をはじめ、ライブハウスやクラブなどでも行われ、1ゲームは5分×3ラウンド。DJが試合を実況するなどの工夫もあり、若い人を中心に盛り上がりを見せているらしいんだ。

また、2010年シンガポールで開催予定の「ユースオリンピック」では、3オン3が種目として実施されるんだって。それを受けて、日本バスケットボール協会も3オン3の統括組織の設置を決定したんだよ。

バスケットボール自体、日本ではそこまでメジャーなものではないけれど、この3オン3の登場でバスケ界の活性化につながってくるといいよね。

詳しくはコチラ→[ストリートボールリーグ「レジェンド」]

2008年12月21日

クリスティアーノ・ロナウド

サッカーのクラブ世界一を決めるトヨタ・クラブが開催されたけれど、見事優勝したマンチェスター・ユナイテッドの『C.ロナウド』が大活躍したみたいだね。


C.(クリスティアーノ)ロナウドとは、ポルトガル出身のサッカー選手。1985年生まれの23歳なんだ。今年、世界の年間最優秀選手に贈られるバロンドールという賞を受賞して、今まさにサッカー界で一番の実力をもったプレイヤーなんだ。

ポジションはMFとFWをこなすのだけれど、高速ドリブルに加え、フェイント技、無回転シュート、打点の高いヘディング、正確なクロスなど、優れた技術と高い身体能力を兼ね備えているんだって。

そんな彼のリーグ戦デビューは02年、クラブ史上最年少のゴールを決めたんだよ。当時は個人技が目立つといわれていたのだけれど、最近ではチームプレーを重視しながら個人技も取り入れられる選手となり、実力をつけてきたんだ。

次の契約更新では5年で80億円ともいわれていて、これが成立すれば年俸は約16億円となり、ブラジル代表のカカの年俸を抜いて世界一位となりそうなんだ。

ちなみに、身長186cmの長身でルックスも非常によく、EURO2008という大会では美男子ナンバーワンに選ばれたらしいよ。

実力、金、顔、どれをとっても文句なし。なぜだろう...、ロナウジーニョならいいけど、ロナウドは素直に応援できない僕がいるよ...。

詳しくはコチラ→[サッカー・フットサル足技動画倉庫]

2008年12月 8日

バダ・ハリ

先日、K-1ワールドグランプリ決勝で大会史上初のレッドカード失格が『バダ・ハリ』に下されたね。世代交代がなるか期待が高まっていただけにとっても残念だなぁ。



バダ・ハリとは、モロッコ出身のキックボクサーにして、K-1の選手だよ。ニックネームは「THE GOLDEN BOY」。その由来は、バダ・ハリ本人が自分の触ったものはすべて金になる、と言っていることからきているそうだよ。

リング外では、乱闘騒ぎなどの悪童ぶりやビッグマウスが前だっているのだけれども、試合に関しては冷静な試合運びなど、生真面目な一面も持っているんだ。

12月6日の試合では、初戦で20世紀最大の暴君との呼び名高いピーター・アーツを2RTKOで破り、続く準決勝ではエロール・ジマーマンを3RKOで破り、新たな王者が誕生するかと思われたんだ。

しかし、決勝戦2Rで相手のレミー・ボンヤスキーが転倒した際にす、審判の制止を聞かずに攻撃を止めなかったために試合は中断、その後レミーの症状が回復しなかったためにレッドカードで失格になってしまったよ。

試合で反則行為をしてしまったバダ・ハリには今後何かしらのペナルティが課せられる見込みだけれど、その内容については週明けから開かれる審判団との協議で決まるようで、まだよくはわからないんだ。

ピーター・アーツを初戦で破るなど、この日の試合内容から優勝が期待されていただけに、非常に残念だし、僕も試合を見ていて悲しかったな。K-1で今後このようなことが起こらないことを祈るよ。

詳しくはコチラ→[K-1 OFFICIAL WEBSITE]

2008年11月11日

埼玉西武ライオンズ

つい先日、『埼玉西武ライオンズ』が日本シリーズで4年ぶり13度目の優勝を飾ったね。読売ジャイアンツとは、4勝3敗で接戦だったんだ。そんな西武ライオンズの歴史を振り返ってみることにするよ。

埼玉西武ライオンズとは、1950年に福岡県で創設された西鉄クリッパーズが前身となる、日本プロ野球球団の一つだよ。パ・リーグに所属していた西鉄は、創設した年の翌年には、セ・リーグの西日本を吸収合併して、西鉄ライオンズと名を変えることになるんだ。

そして、1956~1958年には稲尾和久の活躍もあって、三連覇を達成することができたようだよ。その他にも優秀な選手を擁していたことから、「野武士軍団」と呼ばれ黄金期を築いていったんだ。

1969年になると、メディアで日本プロ野球界の八百長をめぐる「黒い霧事件」が報道されたことで、球団の戦力は低下して最下位が続いたそうだよ。その後、親会社や経営母体が代わったことで、球団は三度の名称変更を経て現在の西武ライオンズが誕生したんだ。

本拠地を福岡から埼玉へと移して、3年間は成績が振るわなかったのだけど、その間、根本陸夫監督が土台を作っていたんだ。数ヶ月前に引退表明をした清原選手の入団もあって、今日に至るまで29年で9度の日本一に輝いているんだ。

これから、プロ野球チャンプ戦アジアシリーズでのSKワイバーンズとの試合が西武は控えているね。ぜひとも優勝してもらえるよう応援することにするよ。


詳しくはコチラ→[西武ライオンズオフィシャルサイト]

2008年10月 2日

清原和博

オリックスの清原和博選手が引退したよね。番長と呼ばれ、誰にでも知られている彼だけれども、どんな選手だったのか今一度その野球人生を振り返ってみよう。


清原和博とは、1986年に西武に入団して球界にデビューし、1997年には巨人に移籍、2006年からはオリックスで活躍した野球選手。数多くの日本記録を残して、10/1日のソフトバンクホークス戦を最後に23年間の現役生活に幕を下ろしたんだ。

高校時代はPL学園で桑田真澄とともに活躍し、全国から精鋭の集まるPL学園で1年生から4番に座り、エース桑田とともに甲子園に5季連続出場。2度の準優勝、2度の優勝を経験して、甲子園通算13本塁打、3年夏の決勝戦で2本の本塁打を打ち「甲子園は清原のためにあるのか」とまで言われたんだ。

そして西武に入団し、高卒新人では史上最多の31本の本塁打を放って新人本塁打記録の最多タイを記録。打率及び打点も同じく高卒新人の歴代最高記録で、新人王に選出されたんだ。1986年から1994年までで8度のリーグ優勝、6度の日本一を飾った西武の黄金時代に大いに貢献したんだよ。

その後巨人・長嶋茂雄監督の「僕の胸に飛び込んできなさい」と口説かれ、巨人に入団。そのキャラクターから番長と呼ばれ、松井らとともに多くのファンに愛されたんだ。

だけど99年ごろから故障が増え、退団の危機に陥ることもあったんだ。「泥水をもすする覚悟で精一杯プレーしたい」とコメントして、その時は事なきを得たんだけど、その後戦力外通告を受けてオリックスに移籍。

オリックスでは怪我をおしてプレーしつづけたんだけれども、10/1にソフトバンク戦で杉内投手のストレートを豪快に空振り三振して引退したんだ。

2000本安打、500本塁打、1500打点など多くの記録を残し、また人々の記憶に強く残った清原選手。23年間日本の野球界を盛り上げ続けてくれた彼に感謝したいね。



詳しくはコチラ→[最後はフルスイングで空振り三振:毎日新聞]

2008年9月10日

ロジャー・フェデラー

エアケイこと錦織圭選手の活躍が記憶に新しいテニスだけれど、今回『ロジャー・フェデラー』という選手が全米オープン5連覇を果たしたらしいよ。聞いた名前ではあるけれど、どんな選手なのかな?


ロジャー・フェデラーとは、スイス出身のテニス選手で27歳。98年にウィンブルドンのジュニア大会で優勝し、同年プロに転向したんだよ。

そして01年のウインブルドン大会、90年代最強を誇ったピート・サンプラス選手を破り、一躍トップ選手の仲間入りを果たしたんだ。03年には同じくウインブルドン大会で優勝、4大大会優勝者になったんだ。

ちなみに、テニスの4大大会とは「全豪オープン」「全仏オープン」「ウィンブルドン」「全米オープン」のことで、1年のうちにこれらの大会にすべて勝つことをグランドスラムと呼んでいるんだね。

04年には4大大会のうち、全仏オープン以外の3冠を獲得。05年もウインブルドン全仏の2冠達成し、世界ランキング1位になったんだよ。

そうしたフェデラーの強さは、ストローク・サーブ・ネットプレー、メンタル面も含めてすべてをオールラウンドにこなせることろにあるんだって。特にフォアハンドの完成度は天下一品で、「フェデラーを見ているとテニスが簡単に見えてしまう」といわれるほどらしいね。

全米5連覇をはじめ、数々の記録を持つフェデラーだけれど、来年こそはライバルのナダルを倒して、ぜひともグランドスラムを達成してもらいたいね。

詳しくはコチラ→[ロジャー・フェデラー特集(テニス365)]

2008年8月15日

フルーレ

北京オリンピック男子フルーレ個人で日本の太田が銀メダルを獲得したね。
だけど種目名は『フルーレ』なんだけれど、やっていることはどう見てもフェンシングなんだよね。いったい、『フルーレ』とフェンシングって何が違うんだろう?

フルーレとは、フェンシングで用いられる三種の武器:フルーレ、エペ、サーブルのうちのひとつでフェンシング競技の一種。

フルーレは柔軟な四角い剣針をもつ軽い剣で、突きだけが得点となるんだ。剣には電気が通っていて、一定以上の力を剣先に加えると反応して得点になるんだよ。

フルーレの特徴は有効面が限定されていることで、現在では胴体だけが有効面なんだ。

フルーレにはフェンシングの基本技術が集約されているから、初心者は最初にフルーレを教えられることが多いんだって。

日本人にはあまり馴染みがないフェンシングだけど、欧米ではエペ専門、サーブル専門のクラブなんかもあるそうだよ。

ちなみに太田のメダルはフェンシング競技において日本人初のオリンピックメダルなんだ。
このメダルを励みに今後日本のフェンシング人口も増えるかもしれないね。



詳しくはコチラ→[JOC-フェンシング]